side HAKU-MEN
部下たちの心知らず、バングはそのままハクメンを一室に案内した。
そこは屋敷の中でもかなりの上等な間だった。広さといい客間にしては豪勢すぎる。
それに何やら人が使っているような様子もある。机の上には何かを書きかけている紙が広げられている。
「ここは何の部屋だ?」
「あぁ、拙者の部屋でござるよ」
「…何、だと?」
思わず聞き返すとバングは悪びれもせずにこう答えた。
「拙者としたことが今は空いてる部屋がなかったのを失念していたでござる」
「待て、だからと言って同じ部屋と言うのは…」
「大丈夫でござる!!布団はちゃんと客人用のちゃんとしたものがあるでござるよ!!」
そういう問題ではないだろう…ハクメンはそう言いかけてやめた。
今更言って聞く男ではないのは重々承知している。
相手に他意は無いのだ、意識しなければいいだけの事。
座布団を勧められハクメンがそこに座るとバングは机の前に陣取った。
少しすると茶と菓子が運ばれてきてそれから二人で他愛もない話をした。
いや、実際に話しているのはバングばかりでその大半が浪人街、そしてイカルガのことで占められていた。
咎追いとして日々、浪人街での出来事、出向いた街での麗しの人物の話…話題の種は尽きず、ことさら『殿』のこととなるとバングは饒舌だった。
「殿はイカルガを統べるにふさわしい立派なお方でござった…その遺志を継ぎ、拙者は必ずイカルガを再興させる…そうこの五十五寸釘、そして拙者のイカルガ魂に誓ったのでござる!!」
興奮したのか高々と拳を掲げながら語るバングをハクメンは奇妙な気持ちで聞いていた。
バングは何も知らずにそれを語る。以前の…そう、以前の自分であるならば愚かしいとすら思うだろうがその熱いほどに真っ直ぐな思いは…とても清く美しい。
例えるならば熱く燃える炎か。眩く、そして触れるのに躊躇ってしまうような。
「………おぉ、つい拙者ばかり話してしまったでござるな」
「いや、いい。続けろ」
自分の事など話せるわけもない…ハクメンはそう思って言ったのだが、バングは一瞬だけ寂しそうな表情を見せた。
すぐに隠しはしたが、おそらくハクメンがバングに心を許していないとでも受け取ったのだろう。
そういう次元の話ではないのだがそれを説明するわけにもいかない。
だがあのような顔をさせてしまったのは心苦しい。このような時、上手い言い方というのをハクメンは知らない。必要とすらしなかった。
少し考えハクメンは考え付く限りの言葉で返す。
「貴公の話は興味深い。もっと聞かせてくれないか」
「そ、そうでござるか!?」
かろうじてそう言ってみるとバングは一転して顔を輝かせた。
わかりやすい男だ…と思わないでもないが今はそれが幸いしている。
打って変わって先ほどまでのように笑顔でバングは話を続ける。
それを聞きながらやはりこの表情がこの男には合っているとハクメンは思うのだった。
やがて日が暮れ夕餉の時刻となった。
出された料理といい酒といいおそらくはそれなりに上質のものなのだろう。
仮にも頭領とその友であると紹介された者を持成すのだから当然と言えば当然か。
ハクメンがあまり食したことのない料理もあったが思いのほか口に合った。
それに酒に関しても文句のつけどころもなかった。
美味い不味いに拘るわけではないがこの酒は確かに美味い。
思えばバングの贔屓の酒なのかもしれない。多少強いが飲みやすい酒だった。
食事の最中も話題は尽きることは無く、酒が入ったことでバングは更に上機嫌だった。
まだ上がる機嫌があるのかと驚くやら呆れるやら、だがハクメンも幾らか気分をよくしていた。
そうして時が過ぎすっかり夜も更けた頃になってバングの口が止まった。
「うぬぅ…」
「飲み過ぎではないのか…?」
「そんなつもりは、ないのでござるが…それにこの、程度の酒拙者には、軽いかるい…でござる」
そう言い訳しながらも頭を右へ左へとふらつかせる。
当然の結果だとハクメンはため息をついた。
バングはハクメンに絶え間なく酒を勧め、そして自身も酒を飲む。
問題はそのペースだ。何がそんなに嬉しいのかハクメンが一杯酒を飲み干すまでにバングは二杯飲む。
ずっとその調子で続けていればこうなるのは必然とも言える。
ハクメンですら軽く酔いを自覚する量だ。その倍ともなれば…いくら酒に強いと自負していたとてこうなるだろう。
「私のことはいい、そろそろ休んではどうだ」
「いやしかし、客人をおいてそのようなこと出来ぬ、で…ござ…」
言いかけた体がぐらりと後ろに傾き、バングは慌てて態勢を整えた。
顔を引き締めて見せたものの酔いを自覚するには十分だったはずだ。
「…このまま無様な姿を晒す方が余程の事ではないのか」
「うぅ…も、申し訳ないでござるが…先に休ませて頂くでござる…」
観念したのかふらつきながら襖で区切られた隣の間の布団へと向かおうとする。
ハクメンが肩を貸すと礼を言おうとまた口を開きかけたがそれは上手く言葉にならなかったらしい。
気にせず横にして布団をかけてやるとバングはすぐに寝息を立て始めた。
思えば街中を走りまわったりした後だ、疲れていないわけがない。
いつもの騒々しさが嘘のように静かに眠っている。仮にも忍びだから…だろうか。
ハクメンは眠るバングの顔をしばらく眺めていた。
穏やかな寝顔は安心しきっているからだろうか。
自分のような者の前でよくここまで無防備になれるものだ。
ハクメンは己の異質さを自覚している。バングの部下たちのように不審がるのが普通だと言うのに。
なのにこの男は…。
「…バング」
名を、呼んでみた。その響きは何故か心地よく感じる。
親しい間柄でもない…だがここまで自分に心を許した者が今までいただろうか。
同じ部屋で眠ることに抵抗もなく、嬉しそうに己の話をし、そしてこちらの一挙一動に表情を変える。
…いや、それはこちらも同じかもしれない。そうハクメンは気づく。
思っている以上に…そう、自分で思っている以上にバングのことが気にかかる。
それは何故か…そう思いながらそっとハクメンはバングの頬に触れた。起きる気配はない。
私は何をしているのだろう。そう思いながら身をかがめる。
無防備なその唇に己のそれを重ねる。
それはほんの一瞬の触れ合いだった。
バングから身を離しハクメンは小さく息をつく。
我ながら己の行動がわからない。だが…触れたぬくもりは温かかった。
確かめるように己の唇に触れてみるとそこは笑みの形を作っていた。
このような気持ちで微笑むのはいつ以来だろうか。
「バング」
もう一度名を呼ぶ。
あぁ成程、合点がいった。
どうやら私はこの男を好いているらしい。
翌朝。ハクメンが起きる頃にはバングはけろりとしていて昨日の様子を微塵も見せなかった。
長居するのも悪いと朝食を食べ身なりを整え昼になる前には屋敷を後にすることができそうだった。
バングは僅かに寂しそうではあったが引き留めるわけにもいかず、せめてもと屋敷の外にまで見送りにきた。
「世話になった」
「またなにかあったらいつでも来るといいでござるよ!!」
笑顔で告げるバングの言葉にハクメンは思う。
いつでも、か…。
あのぬくもりを思い出しハクメンは僅かに微笑んだ。
「…そうだな」
素直な心境を呟くと何故かきょとんとした顔でバングに見られた。
「如何した」
「あ、い、いや、その」
バングが珍しく言い淀んだかと思えば顔を赤くして困ったように頭を掻いた。
「今、ハクメン殿が笑ったように見え…そ、その…少し驚いただけでござる!!い、いや決して見とれたとかそういうわけではござらんよ!?いくら拙者と言えど人の顔に見とれて何も言えぬなんてことはないのでござる!!」
それは言い訳のつもりなのだろうか。
何故言わなくていいようなことまで言って墓穴を掘るのだろう。
指摘するのも今更過ぎてハクメンはもう一度笑って、背を向けた。
そして一言、告げた。
「それでは、また会おう…バング」
「お、おぅ!!いつでも待ってるでござる!!」
ハクメンの言葉に見えずともバングが顔を輝かせたのが分かる。
腕を大きく振りながら答える姿を思い浮かべながらハクメンは屋敷を後にした。
………まだこれは、はじまり。
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