side Bang










バングは珍しく悩んでいた。
いつも必殺技の名前を考え書き記す紙の前で筆を持ったまま物思いにふける。
他の者たちから見れば新しい必殺技の命名に悩んでいるように見えただろう。
だが、それは違った。
バングが悩んでいたのはある人物のことだった。

「…何故、あのようなことを…」

ぽつりと呟きバングはあの時のことを思い出す。










それは数日前の出来事だった。
悪人を追っていたところを助けてもらい、礼にとハクメンを屋敷に招き、酒を飲み交わしながら話をした。
そこまではよかった。そう、そこまでは。
ハクメンと親しくなれた気がしてバングは上機嫌だった。
話はあまり聞けなかったがバングの話を興味深いと言ってくれた。それが嬉しくてつい酒が進んでしまった。
回りすぎた酒にふらつくバングに先に休むようにと気遣ったのはハクメンだった。
思いもよらなかった気遣いの言葉に甘えるように床に就き眠った。
そのまま眠っていられればよかったのだ…そう今になってバングは思う。
どれほど気を抜いていてもバングは忍びである。
酔っていても完全に前後不覚になることはないしそれは眠っていても同じことだ。
いつ何時も刺客に対応できるよう修行をつけている。だから、名を呼ばれた時目を開けることはできなかったが意識だけはあった。
まだ眠っている頭の片隅で誰かに呼ばれ、それがハクメンであると気付いた時頬に触れられた。
ハクメンの手だろう、とぼんやりと思った。警戒することではないと無意識に考えながらまた眠りの淵に脚を入れかける。
ふと、何かが唇に触れた。
酔いのまわり眠りかけている頭で『それ』が何か考える。
その気配が離れまた名が呼ばれた。誰に?それは先ほど答えが出ていた。それ以外に誰がいる。
では何をされたのか…その人物が近付き、唇に何かが触れた…と、いうことは?
それに気付いてもすぐに飛び起きることができなかったのは単に酒が深かったからか。意識があっても体は言う事を聞かずそのまま眠りに落ちていく。
次に目が覚めたときバングはあれは夢だと思った。
自分も酒を飲み過ぎていたし、まさかハクメンがそのようなことをすると思えなかった。
だがその考えは思っていたより早くに覆された。
屋敷を去る間際にハクメンに名前を呼ばれた時、その声が、響きが、夢の中と同じだったと気付いた。
あぁ、夢ではなかった。では、何故あのようなことをしたのだろう。
ハクメンの背中を見送りながらそのことがバングの頭をぐるぐると回り続けていた。
あの時間が真実だとしたら何故そんな事をしたのだろう。
考えれば考えるほど頭が沸騰しそうになる。
元来そういう方面には疎いバングである。
そういう行為に理由があるものだとぼんやりとわかっていてもそこまでで、それを理解しているわけではない。
だからと言って誰かに話せるわけもなく…いわゆる堂々巡りだった。

「お頭…どうかしたんですかい?」

長い沈黙に部下の一人が心配そうに声をかけてくる。
傍目に見てもおかしいらしい自分の状況にバングは大きく息をついて筆を置き立ち上がった。

「お頭、何処へ…」
「ちょっと、頭を冷やしてくるでござる…」
「は、はぁ…?お気をつけて」

どこか元気のないバングを不思議そうに見送る部下を背にバングは窓から飛び出し街中を飛んだ。
動き回っていれば邪な考えなど吹き飛ぶに違いない!!
そう思っての事だがふと足が止まる。

『邪な考え』…?

何が?

何を考えた?

いやいやいや決してそんなことは考えていない筈!!

自問自答しながら改めて街を駆けまわる。
平和そのものな街の様子に安心しながら街の端から端まで見回る。
屋根から屋根へと飛びまわり上空から浪人街を眺めると心が落ち着いていく。
特に高い屋根の上でバングはようやく足をとめた。
心地いい風に頭が澄んでいくようだ。

「ふむ、やはり何かの間違いに違いないでござるな。あのハクメン殿が拙者にせっ…せ……など……………」

改めて気持ちを落ち着せるため口に出してみようとしたものの…言いかけた言葉のあまりの恥ずかしさに誰が聞いてるわけでもないのにバングは一人赤くなって言い淀んだ。
そして動揺が出てしまったのか…態勢を整えようとしてうっかりと屋根から足を滑らせた。










「ぬおぉぉぉぉぉ!?」

叫びをあげながら顔から落ちた先は街の中でも下層の広場だった。
あまり人が立ち寄らぬ場所なのがせめてもの幸いだろうか。こんな格好の悪い姿を誰かに見られるわけには…と急いで顔を上げる。
そして身の前に居る人物にバングはもう一度大きな声を上げることになった。

「ハ、ハクメン殿ぉ!?」
「…貴公は静かに登場出来ぬようだな」
「な、何故このような場所に…」
「いてはいけないのか?」

そう答える今日のハクメンは仮面をつけた姿だった。
表情が読めぬ…いや、外していても同じか…いやいや、そんなことは…。
そこまで考えバングはふとハクメンの微笑んだ顔を思い出し顔を赤らめた。

「…如何した?」
「いやいやいやななな何でもござらんよ!?」

慌てて言い繕ってみたところで説得力の欠片もない。
いや、変に言い訳するのもおかしいことだ。
逆にこれはいい機会に違いないとバングはキリッとハクメンを見据えた。

「ハクメン殿!!実は拙者話があるでござる!!」
「…何だ」

どんと言ってみたところで話がちゃんとまとまっていたわけではないことを思い出す。
とにかく聞かねばならぬことは…と考えバングは戸惑いながら口を開く。

「な、何故あの夜、拙者に、その…せ、せせせ…接吻、を…」

バングの言葉にハクメンはどうやら驚いたようだった。
しばしバングを見つめ(と言ってもバングからは視線は読めないのだが)そして苦笑した。

「…狸寝入りとは貴公もなかなか趣味の悪い」
「ち、違うでござる!!あれは途中で目が冷めて…」
「では何故抵抗しなかった」
「それは…あのようなことをされるなどと…」
「それもそうか」

一体何に同意したのかバングにはわからなかったがハクメンは静かに頷いた。
そして小さく息を吐き声を落とした。

「何故かを聞きたいのだったな」

ハクメンの真剣な声にバングはごくりと息を飲む。
大きく頷いて言葉の続きを待つ。
その様子を見てハクメンは意を決したのか口を開く。

「貴公の事を好いているからだ」

凛とした声でハクメンが放った言葉にバングの時が一瞬止まった。
何を言われたのか一瞬…いやしばらく理解できなかった。

「じょ、冗談で…」
「私が戯れでこの様なことを言うと思うか?」

そう返すハクメンの声はいつもと変わらぬ真っ直ぐな声だった。
そんなまさかと思いながらも、バングは戯れではないと言うハクメンの言葉に自分がどこかほっとしていることに気付いた。
何故だろう。酔っていたとか、勘違いだとか言われた方がまだ話として楽だったはずだ。
うすぼんやりと何かが見えかけて、戸惑いながらバングは口を開く。

「………ハクメン殿」
「何だ」
「ど、どう申していいのかわからぬでござるが…」

何を言おうかと少しずつ言葉を紡ぐうちに、ずっと何に悩んでいたのかようやく気付いた。
その行為に驚いたのは事実、そしてその理由がわからなかったのも事実だ。
だがその他に胸の内にある思いがあった。
バングはハクメンのあの行動に理由が伴っていればいいと思ったのだ。
理由…つまり自分を思っていてくれていればいいのに、と。
友として、と言うのであれば確かにその日一日思っていたことではある。
それ以上のことともなると想像し得なかったことで…だがそれほどの事をするのであればそれなりの理由がある、それの何に問題があると言うのだろう。
むしろそれなりの理由もない方が余程バングには辛く思えた。その程度だと思われている方が余程辛い。
それに、好きだと言われ嬉しかった。それは間違いない。
ここまでくればバングと言えどその感情の意味に答えが出せる。

「拙者も、ハクメン殿のことを好いているでござる!!」

強く強く思われたいのは強く強く思っているからに相違ない。
ああ、確かにバングは好きなのだ。強く気高いこの者の事が。
きっかけもわからぬ思いではあったが今ではそれは確かな形を持っている。
だからバングは意を決して言う、だがハクメンはそれに静かに返した。

「意味がわかっていっているのか」
「いくら拙者でもそのようなことは…!!」
「そうか」

そう言ってハクメンは仮面を外した。
何故かと聞く前にすっとバングの近くに立つ。
すぐ近くにハクメンの顔がある。バングは戸惑いながらも目を逸らそうとはしなかった。

「…覚悟は出来ているのだろうな」
「おおお男に二言はござらん!!」

とても出来ているとは言えないが臆しているなどと悟られたくない一心で答えるとハクメンが緩やかに笑った。
あの日の別れの際に見せたものよりもっと柔らかく、そして温かな笑みだった。
至近距離で見る初めてみる表情に目を奪われていると自然な動きで唇を重ねられた。
驚きでバングは反射的に目を瞑ってしまう。そうすると触れ合っている箇所の温かさを強く感じてしまい身動きが取れなくなる。
全身が強張り、耐えるように拳を握りしめてしまうとハクメンが僅かに笑った気配がした。
その顔が見たくて、恐る恐る目を開けると…その視線がハクメンのそれとぶつかる。
色の無い瞳に自分が映っているのを見るのは不思議な気分だった。
触れるだけの長い口付けは時間にすればそれでも数十秒か。
緊張しきっていたバングは早く終わることと、だがこのままでいたいと言う相反する思いでいっぱいだった。

「…やはり、温かいな」

ようやく離れたハクメンはそれを確かめたかったかのように呟いた。
満足げな声にどこかバングもほっとする。

「ハクメン殿も、温かかったでござる…」
「私が?」

ハクメンに聞き返されてもバングはうまく言葉で返せなかった。
どう説明していいのかよくわからない、純粋にそう思ったからそう言っただけだと言うのに。
不思議そうな顔で続きの言葉を待つハクメンにバングはぽつりと呟く。

「…は、恥ずかしいでござる」
「面と向かって告白した者の言葉とは思えんな」
「な、なななな何…!?」
「冗談だ」

慌てふためくバングに平然と言い放つハクメンに冗談も言うのかと思った。もちろんそのことを指摘できる余裕はバングには無かったが。

「…では私そろそろ行くとしよう」
「そうでござるか…」
「いつでも来ていい…のだろう?」
「も、もちろんでござる!!」

いつでも来ていい、とはバングが以前言ったことだ。
それを覚えていてくれたのか嬉しくてそう答えるとハクメンは僅かに溜息をついて呟く。

「…意味を理解ってはいないようだな」
「意味?」

思わず聞き返すとハクメンはふっと笑ってバングの耳元で囁いた。

「…何をされるか、覚悟ができた頃に…また会おう」

それだけ言ってハクメンはバングの横をすり抜けて去る。
バングはそれを見送ることもせずハクメンの言葉にひたすらそれが何なのか考える。

何をされる?

覚悟?

長いこと佇んでようやくそれが『何』でどういう意味なのかわかり、バングが急激に真っ赤になる頃にはもうハクメンの姿は見えなくなっていた。