side Bang










「待つでござるぅぅぅぅぅ!!」

怒号が街に響く。
何事かと振り返る街の者の間を一人の男が駆け抜け、間を置かず大柄な男が飛ぶように後を追う。
街の人々はその姿を見て全てを心得たようであるものは声援を送りまたあるものは向こうに逃げたなどと指をさす。
それもそのはず、追いかけている男はこの浪人街で知らぬものはいない愛と正義の咎追いシシガミ=バングであり、ならば追いかけられている男は何かしらの咎人なのだろう。
街の者の声援を背に受けながらバングは一人つぶやく。

「拙者としたことがあと一歩のところでこの失態とは…だが!!逃がすわけにはいかぬでござるぅぅぅぅ!!」

いきさつを説明するとすれば『観念したかと思ったこの男が隙を突いて逃げ出した』の一文で事足りる。
元より罪を認めさえすればバングは無理はしない。男がその性質を見抜いたのか、あるいはバング自ら語ったのか。
どちらもありうる話ではあるが結果こうして逃げてしまっているのだから大差ないだろう。
そもそもこの男の罪はそれほど重くはない。食い逃げだとかその程度である。
だが咎追いとして、そして正義と愛の使者として悪を許すわけにはいかぬとバングは更に速度を上げる。決して一度捕まえた男に逃げられたから…ではなく、罪を逃れるために改心したふりなどと非道なまねをした男が許せなかったからである。…多分。
どうやら男は浪人街の者ではないようで、ならば地の利はこちらにある。追いかけながらも逆に袋小路へと誘導し、逃げ場をなくしたところで捕えればいいだけのこと。
あともう二,三度の誘導かと思ったところで、逃げる男の前に不意に人影が現れる。長髪の白い男だとバングには見えた。

「そ、そこを退けぇぇぇぇ!!」

よほど焦っているのか急な妨害に男が隠し持っていたナイフを取り出した。もちろんそれは後ろから追うバングにも見えた。
余計な犠牲者を出すわけにはいかない!!とバングは反射的に速度を上げそれを叩き落とそうとした、その刹那だった。

「…ぁ!?」

一陣の風が走ったかと思うとバングの目の前の男が倒れた。
白い男がカチンと音を立てて刀を納めるのを見てバングはそれがこの男の仕業だとわかった。
倒れる男にはおそらく何が起こったのかは分からないだろう。
見事な太刀筋に見惚れてしまうほどだった。
バングが立ちつくしていると男が口を開いた。

「…どうした、その男を追っていたのではないのか」
「お、あ、あぁそうでござった。かたじけないでござ…る?」

言葉尻が曖昧になったのには理由がある。バングはこの男の姿にどこか見覚えがある、と思ったのだ。
浪人街の者ではない。見たことのない服なのはカグツチ内でもよくあることだがバングの知る限りのどの街でも相容れぬような姿だ。
長い白銀にも似た髪に白い肌、切れ長の目はどこか刀に似ている。
外見だけで言うならば一度見れば忘れることはないだろう…少なくともバングの記憶にこの姿の男というのは無い。
姿こそ見覚えが無くともだがこの男の立ち振る舞いや空気、何よりその剣筋はどこか覚えがある。
必死に記憶を呼び起こす。あの剣の技はそうそう見るものではない。
思いだそうと首をひねっていると一向に去る気配のないバングに業を煮やしたか男が身をひるがえして去ろうとする。その瞬間だった。

「まさか…ハクメン殿、でござるか?」
「………」

男は歩もうとした足を止め、わずかに振り返った。











「いやぁかたじけないでござる。しかしハクメン殿に助けられるとは思わなかったでござるよ」
「こちらに敵意があったから打ち倒しただけのことだ」

男をしかるべきところに届け、ひと段落ついたところでバングは改めて礼を言った。
それに冷静に答えるハクメンの素顔を、バングは思わずじっと見る。
仮面の時は伺い知れなかったその表情を見てとれるかと思ったが…そこからは何も感じとれなかった。
見えるのに感じとれないというのはむしろその隔たりが大きく感じてしまう。
何を捉えているか伺い知れぬ瞳は冷徹な氷すら思い出させるような…いや、それは考え過ぎかとバングは思い止まる。
たとえ今は無理だとしてもがいつかはわかりあえるだろうとバングは思っている。それがハクメンに限らず人と人である以上、わかりあえぬはずはない。
何よりいずれは友や仲間と呼び合う仲になるやもしれぬ、そう思えるものをハクメンには感じている。
バング流に言うならば『熱い正義の血潮を感じた』という表現になるだろう。果たしてそれが正しいのかは別として。

「…何だ」
「失礼、仮面を外したところを見るのは初めてでござったので…それにしても拙者に負けず劣らずいい男でござるなぁ」

悪気のかけらもなく言うバングにハクメンはわずかに眉を寄せただけで答えなかった。
もちろんバングはそんなことに気付かず、おぉそうだ、と手を叩く。

「せっかくでござる、礼の代わりに拙者の屋敷に来るのはどうでごさろうか」
「何…?」
「遠慮はいらんでござるよ!!これから宿を探すのも難儀でござろう?」

バングとしてはこれ以上ないくらいに名案である。
礼をしたいという気持ちに偽りはなく、ハクメンとの親交を深めたいのもまた事実。
腹を割って話すのならばこれ以上に良い場所は無いだろう。
一方のハクメンだが別にハクメンは浪人街にはたまたま立ち寄っただけで長居するつもりはなかった。
特に目的も無い以上一か所に止まる理由はないのだが…こういう時のバングが決して折れることはないことをハクメンは『知って』いる。
どう言ったところで話は聞かぬだろうと小さくため息をつく。










「おかえりなさいおかし…ら?」

出迎えた部下たちはバングが珍しく客を連れていることにまず驚いた。
そしてその男の風貌にもう一度驚きつつもバングに尋ねる。

「その方は誰ですかお頭?」
「おぉ、こちらはハクメン殿と言って拙者の友人でござる!!」
「ご友人…でさ?」
「それにハクメンって…」

顔は見えないがうさんくさそうに部下の一人がハクメンを見る。
バングの友人でならば部下たちとてすべて把握しているが目の前の男に関する情報は皆無とも言える。
ましてやあの伝説の英雄と同じ名前ともなると怪しさは更なるものだ。
部下が警戒を強めようとするのを遮るようにバングはどこか誇らしげな顔で部下の問いに答える。

「うむ!!拙者と同じく正義を貫く立派な男でござる!!」
「は、はぁ…」

的を得ない説明に部下は困ったように相槌を打つしかない。
ハクメンがどこか渋い顔をしたのにも気付かずバングは上機嫌で事の仔細を説明する。

「悪人を追っていたところを助太刀して頂いたのでござる。それで礼もかねて一夜の宿を提供致そうと思ったのでござるが…」

嬉しそうに説明するバングにここまで信用されているのだから…と思わなくもないのだが如何せんバングはお人よしだ。
簡単に騙されるし騙されたことに気づかないことすらある、それは部下たちにとっても一種の悩みの種である。
決してバングが悪いわけではない…のだが、やはり心配なのだ。頭領としてでなくその人柄に惹かれている身として。
部下たちは軽く顔を見合わせる。
この屋敷に泊まるのであらば自分たちの目が届く範囲だ。正直本意ではないがこれでお頭が喜ぶならば…視線のみでそう会話すると部下たちはお互い頷く。

「じゃあ厨房に夕餉のこと伝えておきましょうね」
「そうだ、酒も入り用ですかね?」
「もちろんでござる!!」

笑顔で答えるバングに部下たちは内心複雑だったが笑って返した。