慶次はある程度分別がつく人間である。曰く、『毎日会いに行っては遠呂智も疲れるだろうか』というぐらいには。
本調子ではない弱った遠呂智の姿もそれはそれでそそられるものがあるのだかそれはこの際置いておく。
何せ周りの目を気にして会うのは多少難儀なことでもある。
それでなくても遠呂智に心酔する者たちが多い中、独占してしまうのは他の不満も呼ぶだろう。
実際それを口うるさく言ってくる者もいるぐらいだ…数は限られてはいるが。
仕方なしにたまには一人でのんびりと過ごそうかねぇ、と木陰にどっかり腰をおろす。
ふと、その目前に木の上から何かがだらりと垂れ下がっているのを見つける。
紐…でない。それにしては太いし大体先が何やらふさふさしている。
ゆらゆらと揺れるそれを何処かで見たこと在るような気がしながらも好奇心には叶わない。手を伸ばしてそれを掴む。
「ウキッ!?」
甲高い声と共に何かがどすん、と落ちてきた。
人とは違う体と独特の色彩をもつ服、何より握ったものが尾だとわかった以上そんなものを持つ者など限られている。
落ちてぶつけた場所を痛がったのは一瞬ですぐに立ち上がり慶次の前で金の目を持つ妖魔、孫悟空は怒り心頭と言った具合で拳を握っている。
「痛ってぇじゃねぇか!!何すんだてめぇ!!」
「おぉ、悪い悪い」
「ったく思い切り掴みやがったな…」
どうやら木の上で寝ていたらしい。
相手が慶次とわかったからかそれとも軽い調子に怒りも吹っ飛んだのか、殴ろうと握っていた拳を開いて代わりに痛めてはいないかと心配そうに尾を擦る。
慶次がそれを眺めていると悟空がむっとした顔でこちらを見る。
「…言っとくが別に急所ってわけじゃねぇからな」
「それにしちゃ随分痛がってるように見えるがねぇ」
「お前が馬鹿力で握るからだろうが!」
「じゃあ触ってもいいかい?」
「は?」
「猿の尾なんて触ったことないからねぇ…別に急所じゃないんだろ?」
「…まぁ、いいけどよ」
あまり言われた事がない申し出らしい、どうするかと悩んで悟空は慶次に背を向ける形で座った。
ちょうどいい位置に尾が来る。軽く触れてみるが特に抵抗もない。ついでなので両手で触ってみるがそれも平気らしい。
尾の先は髪と同じ色をした柔らかい毛で、それでない赤に似た色の毛並みもなかなかいい触り心地だった。
「へぇ、確かに獣の尾だな」
「そりゃ猿だからな」
「…本当に急所ってわけでもないみてぇだし」
軽く握って見るが痛がる様子もなく、若干面白く無い。
慶次ががっかりしていたのが声でわかったのかざまーみろ、と悟空が笑った。
「へっ、残念だったな…ん?」
ふと気配に気付いて悟空が顔を上げる。慶次も釣られてそちらを見ると清盛が丁度こちらに来るところだった。
「よぉ、清盛のオッサン」
「悟空に慶次か。何をしている?」
「あぁ、あんたの猿の尾触らせてもらってるぜ」
あんたの、という慶次の言い方に悟空が何か言いたそうにしたがまだ尾を触られているからかそれとも清盛の前だからか横目で睨まれただけに留まった。
清盛はそんな二人の様子か行動かに呆れた様子でため息をつく。
「それはまた…酔狂なことをしておるな」
「この猿の弱みでも握ってやろうと思ったんだが上手くいかねぇもんだな」
「俺様に弱味なんてあるかよ、なぁ?」
孫悟空様を甘く見るなよ、とでも言いたいのか得意気に清盛に同意を求めるが、当の清盛は僅かに首を傾げてみせた。
「そうだったか?」
「へ?」
「確か我輩が聞いた話だと尾の根元が弱…」
「わ、わー!!」
清盛の言葉に悟空が真っ赤になって慌てて立ち上がって清盛の口を塞ごうとする。
いきなり騒ぎ出したせいで慶次の手から尾は離れ、ついでに言葉もよく聞き取れなかった。
「あんたの聞いた話だと…何だって?」
「な、何でもねぇ!オッサンの勘違いだ!」
「お前が言ったのだろうが、悟空」
「い、言って…なくはねぇけど、てかあれはそういう意味じゃねぇ!!」
「だが実際弱いのだろう?」
「う、あ、そうだけどよ…つ、つーか他の奴がいるってのにそんなこと言うな!!」
言葉尻は強いもののやはり相手が清盛では悟空も何かしら遠慮があるらしい、もどかしげにしているのが慶次にもわかる。
ふと、そういえば、と慶次は戦場での悟空の尾はあまり動いていないことを思い出した。
例外があるとすれば強敵と出会った時…慶次や呂布と手合わせしている時もそうだが、そういう時は如意棒の動きにも似せて大きな揺らすこともある。獣の威嚇行動にも似てるだろうか。
人よりは獣に近いだろうか、普段は平気でも感情が昂ぶるとそれを隠せないのかもしれない。
そして今、困って頭をかきながらあーだこーだと言っている悟空の尾はぴんと立ったままふるふると揺れている。
困っているのだろう、いやだが何だろうか。何かの動きに似ていると気付いて慶次は全ての合点がいった。
「…あぁ、そういうことか」
「な、何だよ」
何か気付かれたのかと悟空が探るように聞くが対する慶次は豪快な笑顔を見せて頷いて見せた。
怪訝そうな顔をする悟空と何も表情を変えていない清盛とを慶次は一瞥して立ち上がる。
「いや、邪魔したな」
「は?何を急に」
「ま、痴話喧嘩は犬も食わないってな。馬に蹴られる前に退散させてもらうぜ」
「はぁ!?何言い出すんだお前!おい、待てこら逃げんな!」
後ろからわーわー叫ぶ悟空の声を背に慶次はその場を後にした。
悟空の尾の動きは機嫌のいいときの松風の尾に似ていた。背を撫でてやった時や、誰かにいい馬だと慶次が話しているときなどそんな動きをする。
つまりは、嬉しいのだろう。犬が主の前で尾を振るような…と言うと語弊はあるだろうが、普段それを尾の動きに出さないようにしている悟空からしてみればまさに無意識のうちの行動だろう。
だが見た様子だと少なくとも好いてるのは悟空の方からだけらしい、これはまた難儀そうな恋だ。
まぁ自分も近いとは言わないが似たようなものだからあまり言えたことではない。
どうせなら応援してやりたいねぇ、などと思いながらどうせだからこちらも頑張ってみるかと慶次は遠呂智の部屋へと向かうことに決めた。
目の前に成功例があれば、などと言い訳はしない。
ただ自分が遠呂智に会いたくなったのだ。中てられたとでも言うのだろうか。まさにそんな感情だ。
その途中、ふと気付く。
「あ、犬が食わねぇのは夫婦喧嘩だったか」