(※慶次は伊達の館にしばらく滞在している設定です)














少し大きめの盃の中、月が映る水面が綺麗だと微笑んで慶次は中の酒を一気に飲み干した。


「いやー、旨い酒だなぁ」
「そうかそうかそりゃよかったな」
「しかも月が綺麗だしもう言うことない!最高だな!」
「あーそうかそうか」


上機嫌な慶次とは裏腹に政宗は曖昧な表情を浮かべて相づちを打つ。


「…どうかした?」
「これは飲ませた俺が文句言われるんだろうな…」


月が綺麗だから、と誘ったのは政宗の方だった。
縁側に座り夜月を肴に飲む酒は格別だといかにも慶次が好みそうな文句で。
酒が好きとは聞いていた、が正直いくら京で遊び歩いていたとはいえ、それほどではないと高をくくっていた。
ふと後ろを振り返れば飲み干した後の酒瓶が既にいくつも転がっている。
一晩でこれだけの量…さすがに見つからないわけがない。
どこかで大きな宴でもあったのですかな?と終始笑顔で怒る側近が目に浮かんでため息をついた。


「しっかしよく飲むなぁ」
「へへん、俺飲み比べじゃ負けたことないからな」
「なかなか言うじゃねぇか」
「お?やるか?」


負けねぇぞ、と楽しそうに笑う慶次に政宗も不敵に笑い返す。
売られた喧嘩は買う主義だ。


「お前もう随分飲んでるが構わないのか?」
「こんなの飲んだうちに入らねぇよっ」
「上等だ」















それから小一時間。
増えた酒瓶の数はもう数えないことにした。


「ははっ、強ぇなぁ政宗」
「お前も自分で強いっていうだけはあるじゃねぇか」
「へっへっへっ、いいねぇこういうの」
「何がだ?」
「こういう風に飲み合えるってのは、ほんといい…色んなこと忘れて、楽しく飲む…最高だよ」


そう言って、す…と表情が寂しげになる。
普段あまり見せない…いや見せまいと、隠そうとする顔だ。


「…お前、酔ってるだろ?」
「少し、な」


こういう顔をする時の慶次は酷く儚く見える。
いつもが華麗に色づいた桜であるならば、これは散りきる前の桜だ。


「慶次」


見ていられなくて名を呼びこちらを向いた隙に口づける。
不意ではあったが酔っているせいか抵抗は無かった。


「どこが『楽しく』だ…そんな顔しやがって」
「政、宗?」
「ほら、飲みな」
「うん…」


そういって酒を注ぐとくぅっと飲み干す。
空になった杯に二尾注ぐとまた同じように飲んだ。
もはや条件反射のようなものだろうか、とは思うが慶次の沈んだ表情が変わるまで政宗はそれを続けた。






気がつけば、慶次は顔を真っ赤にして笑っている。
後ろに転がる酒瓶の数はもう見てはいけないのではないかという程になっている。
これで済んだだけ安いものか、と自分勝手な理由でそのことは片付けておく。


「政宗ぇー、なんか俺ばっか飲んでねぇか?」
「気のせいだ、ほら飲め」


言いながらまた注ぐ。
慶次を潰そうと思って飲ませ続けているわけだが、
内心いくら注いでも次々と飲んでいくその様はなかなか面白い。
もちろんそんなことは口には出さず慶次の杯になみなみと注いだ。


「そっかぁ気のせいなら仕方ねぇなぁ」


酔っているせいかもともとの性分のようなものか、特に気にせず慶次はまた飲み干す。
どうでもいいが飲む時は常に一気、とそれがこれだけ酔っても変わらないのが末恐ろしい。
普通に飲み比べてたら負けてたな、と政宗は内心ほっとした。


「んー…政宗ぇ」
「どうした慶次」
「俺さぁ政宗のこと大好きだぜー」
「おぉ?珍しいこと言うじゃねぇか」
「えへへー」


褒められたと思ったのか慶次がにこーと笑う。


「あと利とまつねぇちゃんも大好きだー」
「…そうかそうか」


まぁそんなことだろうとはある程度予想はしていた。
慶次にとっての2人の存在が大きいことぐらいは承知の上。
今更嫉妬云々するほうが見苦しいだろう、そう思った。

慶次がさらにそれを続けるまでは。


「それに小十郎さんにー、幸村にー、幸村のとこの忍にー、謙信とかすがちゃんも好きだろー、あと…」
「おいおい何人いるんだ」


政宗の指摘は聞こえていないのか慶次はつらつらと色んな人物の名前を挙げていく。
慶次の交友関係は広い。
人懐っこい性格を嫌うものはあまりいないだろう。
そうして親しくなった者が多そうだとは思いはしたが…、
正直知らぬ名前を次々と出されるとあまり心地よくはない。


「それと…ねねと、秀吉も」


最後にそう呟くとまた表情が消えた。
政宗にはねねと言う人物はもちろん秀吉との関係も知らない。
だがその話をする時の慶次が酷く儚げで寂しげで自分にそれを癒す術がろくにないことはよくわかっていた。
だから、その話題を持ちかけることは極力避けていた。
慶次もその話題になろうとすると話を反らす。
だから詳しい話を政宗が知る機会は、無い。


「なぁ政宗」
「何だ」
「俺さ、ホントに好きだったんだよ?あの2人が」
「…そうか」
「初恋とか、そういうの別にしても、大好きだったんだ…」
「もう寝ろ慶次、飲みすぎだ」


慶次の切々と語る声を聞きたくなくて遮った。
だが慶次は止まらない。
堪えきれなくなった涙を流しながら、弱い声で、叫ぶ。


「俺はただ2人が幸せそうにしてるだけでよかったのに…何で…!」
「慶次!」


声を荒げて遮ると慶次がきょとんとした顔で政宗を見つめる。
自分だけを見つめるようにその頬に手を添える。


「…淋しいなら、俺がずっと側にいてやる」
「ほ、ほんとに…?」


慶次が目を目開かせて政宗を見つめる。
その眼差しが失うことに酷く脅えているように見えて、少しでも落ち着くようにと微笑みかける。


「俺を置いて、何処にも行かない…?」
「あぁ」


必死に縋り問う慶次にもう一度、今度は優しく口づけて頷く。
それでようやく安心したのか、慶次は涙を流したそのまま、嬉しそうに笑った。


「ありがとう…まさむ…ね…」


そこで限界を迎えたのか、そう呟いて慶次は政宗にもたれかかるように倒れた。
優しくそれを抱きとめて聞こえる寝息が穏やかなことに政宗はわずかに安堵する。
例えそれが一時だとしてもその心を安らかにしてやりたかった。


「俺を置いて何処か行くのはお前の方だろうが…この馬鹿が」


そう呟いて慶次の頬の涙の跡にそれでも愛しい、と口付ける。
ふらりとどこかに行くこともある。
心だけどこか遠くを見ている時もある。
それでも、それでも…。


「お前の気が済むまで、側にいてやるよ…」