(※慶次は伊達の館にしばらく滞在している設定です)
綺麗なかんざしを見つけた。
桜色の花びらが美しくて、それをつけたあの人が見たくて。
急いで向かった、その先に微笑んでいたあの人。
となりにはあいつがいて、あの人の髪に花をつけていた。
かんざしではなくて、野の花。
大きな手で、慈しむかのような優しくそれをあの人の髪に。
嬉しそうに微笑むあの人。
「…慶次?」
こちらに気付いて、あの人が来る。
手に大事に持っていたかんざしを咄嗟に隠した。
「…どうしたの、その髪」
知っていて聞くと嬉しそうに笑ってあの人がくれたのよ、とあいつを見る。
その笑顔が好きだから、曇らせたくない。
「綺麗だな、凄く」
これは本当のこと。
少し息を吐く、そしていつもの俺になって、笑う。
「だけど秀吉ー、普通女にあげるならかんざしだろ?
ほんっとそういうところ疎いよなお前」
「む…」
「いいのよ慶次。私にはこれで充分」
知ってるよ、その笑顔を見ればわかるよ。
胸元に隠したかんざしがどこかに触れているのか、痛い。
駄目だよ…これではあの人はあんな風に笑わないんだ。
不意に意識が覚醒する。
目を開けるとそこにいたのは鋭い目をした伊達男。
「慶次」
「あー…」
名前を呼ばれて先刻のが夢の中だったとようやく気がついた。
「どうした?」
「いや、なんか…夢が」
言ってから、それを上手く伝えられないことに気がつく。
いや、伝えたくないのかもしれない。
あの記憶と、感じた思い、切なさは…誰にも言えない。
あの時気持ちを殺したように、自分の奥深くに、しまう。
「夢がどうした?」
「何だっけ?忘れちまったみたいだ。あー腹減ったぁ」
誤魔化して笑うのも随分上手くなった気がして、少し嫌になった。
それがばれるのが嫌で、俺はすぐに街へと向かった。
政宗はああ見えて偉いから、そうすぐに街には出れない。
少し卑怯かとも思ったが、いつもそうだからと自分に言い聞かせた。
あてもなくぶらぶらと歩いて、街を少し離れた茶屋に座る。
人が少ない通りを団子をつまみながらボーッと眺めていると、綺麗なかんざしをつけた女性を見かけた。
夢のことが頭をよぎる。
あの頃から、どこかで俺は恋をしていない。
恋をしたいと思う反面、あの時のようなぬくもりを感じていない。
だからこそ余計欲しくて欲しくて、俺は彷徨っている。
懐を探ればあの時のかんざしがまだあった。
いつか、渡せる勇気が出るかもしれないと、ささやかな抵抗で。
もう渡す人がいないのに、まだ。
それがまるで相手もいないのに必死な自分の恋う気持ちのようで、なんだか滑稽だった。
「どうしよっかなぁ…」
取り出したかんざしは、あの時より酷く色褪せて見えた。
捨てるわけにはいかないし、でも持ち続けるのも少し疲れたかもしれない。
「何やってんだ」
急に声をかけられて顔を上げるとそこには不機嫌そうな政宗が立っていた。
「何って…お前こそ仕事とかあるんじゃ」
「大事な客人の体調が悪いみたいだからな。
しかもそれで勝手に街中に出られてのたれ死なれても困る、とそういうわけだ」
「あ、俺の団子!」
言いながら隣に座って俺の団子を一つ取る。
しかしそんな言い訳であの小十郎さんが納得するわけがない。
と、なると逃げて来たに違いない。
帰ったら一緒に説教だと思うと頭を抱えたくなった。
「ん?珍しいもの持ってるじゃねぇか」
俺が手にしているかんざしを見ながら言う。
「珍しいって…ほら、女はこういうの好きだろ?」
「珍しいのはお前みたいな奴がそんな気が聞いたことするってことだ」
「何言ってんだ、俺は女に優しいって京じゃ有名なんだぜ?」
「ha、そりゃ面白いjokeだな」
「本当だって!」
「で、それは何処の女にやるつもりだ?」
からかうように聞く政宗に、俺は一瞬返答に詰まる。
「いや…渡せなかったやつ」
ようやく呟いた声は自分でも少し弱々しくて、困った。
何か聞かれるのが嫌でさらに口を開く。
「他の女(ヒト)にやるのは、何か悪い気がするからさ。
ずっと持ってたんだ…持ってたの忘れるくらい長い間」
馬鹿みたいだろ、と笑おうとしたが上手く笑えなかった。
逆に情けない顔をしているような気がして逃げるように顔を伏せる。
政宗は何も言わなかったがふと立ち上がって俺の前に立つ。
「貸しな」
俺が返事をする前にかんざしを奪い取って俺の方に迫ってくる。
何かされるのかと身構えたが政宗の手は俺の顔を通り過ぎて髪へと向かった。
頭の上は視界には入らないし、政宗の顔も良く見えない。
「政宗?」
ようやく離れたので何をされたのかと髪を触る。
かんざしが髪を縛っている紐の近くに刺さっている。
政宗がそれを品定めするように見ている。
「…なかなか似合うじゃねぇか」
「俺、女じゃないんだけど」
「傾奇者が何言ってやがる。
渡す相手がいないんだから丁度いいじゃねぇか」
「で、でもこれは」
「大体綺麗なものが表に出ずにいるのはso badってもんだろ」
「そー、ばっど?」
「全然よくねぇ、だ。understand?」
それに、と政宗が続ける。
「似合うヤツがつけた方がそれも喜ぶだろ」
そういって政宗は優しい笑顔になる。
普段はどこか殺気を纏った鋭い目の政宗が、
こうやって優しく笑った時の顔はとても綺麗で、好きだった。
そう思っているとふと胸の奥が温かくなる。
忘れかけていた恋の感覚がかんざしと一緒に外に出てきたみたいで、
俺は懐かしいそのぬくもりに、一時酔う。
今の政宗の笑顔は、あのころの秀吉のように柔らかく温かい。
俺はあの時のねねの様に、今幸せな顔で笑っているのだろうか。
「どうした?」
ハッと我に帰ると政宗が不思議そうに俺を見ていた。
相手が誰だったかを唐突に思い出して、俺は慌てる。
「い、いや…別に」
「惚れ直したか?」
「ば、馬鹿言えっ!つーか惚れてない!」
「素直じゃねぇなぁ」
まさか男相手にだなんて冗談じゃない。
だが自然と顔が赤くなるのがわかる。
政宗がそれを見てニヤニヤ笑っているのも、わかる。
本当に、何でこんな奴に!
「今度俺が見立ててやろうか?」
「いるか!大体さっきこれが似合うって言ったくせに!」
「ほぅ…褒められたのがそんなに嬉しかったか?」
「ちーがーうー!!」
からかう政宗の顔を見てこの顔も好きかもなんて頭をよぎる。
それがやけに悔しくて恥ずかしくて団子の勘定を置いて慌てて逃げた。
「おいおい、何処にいくつもりだ?」
「何処だっていいだろ!じゃあな!」
追いかけてくるつもりはないようで、少し振り返って確かめるとこっちを見ている顔が何だか笑っているような気がしてまた顔が赤くなる。
何なんだろう一体、俺は変になったんだろうか。
自分を誤魔化すために走って走って、気がつくとやけに街が遠かった。
はぁはぁ息をつくと俯いた拍子にかんざしがぽとりと落ちた。
ちゃんとつけたわけじゃないから仕方ないかと思った矢先に政宗がそれを俺につけたときのことを思い出して、それが今頃胸を刺激していることに気がついてうな垂れる。
「うぅ…これじゃ俺あいつに恋してるみたいじゃないかぁ…」
誰にというわけでもなく呟いてかんざしを拾う。
桜色のかんざしが、少し色鮮やかになっていた気がした。