彼は旅をする者だった。
行く宛もなく街から街、土地から土地へと渡り歩く。
そこに何かの理由があるでもなくそして終着する場もない。
彼の名は柳と言った。名が示す通りの色の仮面や鎧を纏い、長い刀を背に携えている。
彼は自身の異質さを認めていた。
それ故に決まった場所にとどまることは無かった。
彼は別段それを気にしているわけでもない。
ずっとそうして生きてきた、そしてこれからもそうだと考えている。
それは諦めなどではなく言うならばそういうものだ、と言う達観に近い。
彼は自分はそうして生き、死んでいくのだと理解していた。
だからこそ人と触れ合わないのかと聞かれればそうだとも違うとも言える。
確かにそう思わないわけではない、だが彼は己がそこまでする程の相手と巡り合ったことは無い。
それ故にこの生き方を間違いとも思えなかった。
その日までは――――――――。
柳がその街に来たのには特に理由は無かった。
今までのようにふらりと訪れ、そしてまたふらりと去るつもりだった。
街は平和そのもので、そうだとするならば尚更柳の居場所は無いだろう。
「居場所、か…」
柳は一人呟く。
居場所を求める旅でもない。今更そのようなものを求めはしない。
何の意味もないことだが続けている理由は何だろうか。
…いや、止める理由がないだけなのかもしれないな。
そんなことを考えて歩くと街の外れの広場へとたどり着いた。
人気のない場所だがそこには大きな花壇がいくつもあった。
「ほぅ…これは…」
惹かれるように柳はそちらへと足を運ぶ。
柳は自然が嫌いではない。野に咲く草木は心を和ませる存在として好んでいると言ってもいい。
だからと言って好んで花畑やらに足を踏み入れるほど好むわけでもないが…だがこの花壇は見事としか言いようがなかった。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。余程丁寧に世話をされているのだろう、まだ蕾の花でさえその身を輝かせているようだ。
自然の中で見るそれとは違えど、勝るとも劣らぬ美しさだと柳はしばし花を観賞する。
「誰でござる?」
不意に声をかけられ柳は振り返る。
気配に気づかなかったわけではないが油断はしていたかもしれない。
声をかけてきた男は花のような桃色の装束にマフラー、背には大きな釘を背負っている。
確かどこかの国のニンジャと言われる者の服だ、と柳は思う。とはいえ時折あちこちで見かけるぐらい野に放たれている者たちだ。
男はその風体には不釣り合いな籠を腕にぶら下げている。中身はよく見えないが何かの道具らしい。察するところこの花壇に用があったと見るべきだろう。
「…この街の者か」
「そうでござるが…お主、見ない顔でござるな」
警戒の視線で見られるのは慣れている。
何を語ったところで信用を得られるわけではない。
柳は何も言わず立ち去ろうと思った。
だがそれを引き留めたのは他ならぬ男の方だった。
「…花が好きなのでござるか?」
珍しいこともあるものだ、と柳は思った。
確かに男の問いは至極当然のことでこの広場にはそれ以外の物は少ない。
だが得体の知れぬ者に対しての発言とは思えない程些細な疑問を男は口にした。
柳はしばし思案して言葉を返した。
「…この花は貴公が育てたのか?」
「恥ずかしながらそうでござる」
「そうか、見事なものだ」
思ったままの答えを返すと男は何故か照れてはにかんで見せた。
つくづく珍しい男だ。柳は自分に対してこの様な反応を返す者に出会ったことはない。
男は柳の答えに安心したのかにこりと笑って言った。
「どうやら悪い者ではないようでござるな、驚かせないでほしいでござる」
「私が、そう見えるのか?」
「外見は確かに面妖でござるが…花の良さがわかる者に悪人はいないでござる」
「…そう、か」
戸惑いながら柳は答えた。そんなことを言われたのは初めてだった。
いや、そんなことで人を判断する者に会ったことが無かった。
ただの一言二言で評価を覆すなど…単純と言うよりも純粋と評するべきか。
男はすっかり警戒を解いたらしく籠を花壇の傍に置きながら膝をついた。
やはりこの男がこの花を育てたのだろう。外見だけでは想像出来ないことだがこのような性格ではそれもありうるだろう。
視線に気づいたのか男が柳を見上げながらそういえば、と声を出した。
「拙者は桃季と言うでござる。お主の名は?」
名、と言われ柳は戸惑った。
名を告げられたことも、告げたことも今までの経験を思えば少ない。
「…柳」
「柳…成程、その鎧の見た目そのままでござるなぁ」
それを本人の前で言うのか。柳は思わず苦笑した。
つくづく理解に苦しむ男だった。
気がつけばこの男が自分に対し警戒を解いたように自分もこの男に対する警戒心が解けてしまっている。
「見たままと言うならば貴公もそのようだな。桃季とは桃の花の意…だろう?」
そう返すと男…桃季は驚いてまじまじと柳の顔を見る。
「そ、それを指摘されたのははじめてでこざる。確かにそういう意味の名でござるが…」
何故か赤くなりながら言う桃季を柳は不思議に思った。
それを指摘したのはただそのような知識があったからに過ぎない。
それだけの事だと言うのにこれほどまでに表情を変えるものなのだろうか。
気がつくと柳は桃季に並んでしゃがみ、花の世話をするその様子を隣で見守っていた。
桃季慣れた手つきで丁寧に世話をしながら次々と柳に質問を投げかける。
「では柳殿は旅をしているのでござるか」
「あぁ…そうだな」
「と言うことは色んな処に言ったのでござろうな…少し羨ましいでござる」
「羨ましがられることではない…宛ての無い旅だ」
「そうなのでござるか?柳殿は何処を目指しているのでござる?」
「…さぁ、な」
「そうでござるか…ではどちらにせよ何れこの街を出てしまうのでござるなぁ…」
「いや」
どこか寂しげに言う桃季に反射的にそう答えてから、柳は自分の言葉に驚いた。
不意に口をついて出た言葉だった。だが口に出してみればそれは確かに柳の意思だった。
仮面をつけていなければ桃季と同じように驚いた顔を晒していただろう。
柳は僅かに息を吐いて気を落ち着かせ、言葉を続けた。
「…暫く、この場に留まろうと思っている」
「ま、真でござるか!?」
「あぁ」
嬉しそうな顔を見せる桃季を見て柳は仮面の中で微笑んだ。
いい、表情(かお)をする男だ。
「ここで知り合えたのも何かの縁、せめてこの街に居る間だけでも仲良くするでござる!!」
そう言って桃季は手を差し出…そうとしてそれが土で汚れていることに気づいて慌てて手拭いで拭った。
改めて手を差し出す前に柳の方から右手を出した。
桃季はそれを見て嬉しそうに手を握った。
握手など…もしかすると初めてかもしれない。
柳はそう思いながらあたたかい桃季の手を握り返した。