柳は街の小さなホテルに寝泊まりしている。
旅の途中に用心棒の真似事などをして稼いだ金は意外と使い道が無く、そのおかげで当分はこの街に留まれる額が手元にある。
あまり流行っているホテルではないらしく長期滞在と聞いた従業員が何度もそれを確認するぐらいだ。
確かにあまり観光には向かない街だ、平和ではあるがそれだけが取り得とも言える。
だからこそ平和の象徴とも言える桃季のような者がいるのだろう、と柳は思う。
いつものように桃季の花壇に行くためフロントに鍵を預けようと珍しく先客がいた。
それもどうやら馴染み客らしい、フロントに何か大々的に物を広げて話しこんでいるようだ。
「…取り込み中か?」
「あ…!!すみません柳さん!!」
慌ててそう答えたのはこのホテルの従業員のタルトと言う少女だ。
この小さなホテルはオーナーの他にタルト以外の従業員がいないらしい。
一人で回している、と言えば聞こえがいいが要はそれだけ客がいないだけだろう。
少し大きめな緑のベレー帽の位置を肩手で直しつつ鍵を預かる準備をし始めた。
その珍しい客であるスーツ姿の男が振り返る。
灰ががった紫のスーツに同じ色の帽子を被った嘘くさい笑みを浮かべた男だった。
一歩横に動いて場所を譲ったのはいいがその後じーっと柳を上から下まで見渡して言った。
「あぁ、あなたが噂の…」
「噂?」
「えぇ、この何もない街に突然現れた謎の旅人…と伺ってます」
「………」
噂については言及せず柳はじっと視線をタルトに向けた。
「わ、私じゃないですよ!?確かに柳さんは珍しいお客さまですけどそんな噂は断じて!!」
慌てながらタルトはそう言うが今こうして話していた分信憑性にかける。
噂の出所についてはどうでもいいことだ。
それよりも今は…興味津津といった具合に柳を上から下まで観察しているこの男。
幾らかくすんだ緑の髪の奥の糸のように細い眼が好奇の色を隠そうともしていない。
「そういう貴様は何者だ」
柳の問い掛けに男は帽子を取りながら軽くお辞儀をした。
「どうも、私モコクといいます。行商を生業にしてる…所謂行商人、ですね」
「行商…?」
「えぇ、見ての通り。あちこちの街で物を仕入れて売り歩く…と言った具合でしてこの街にはよく来ているのですよ。
宛ての無い暮らしと言う点では私達同じ…どうですかおひとつ?お近づきのしるしにサービスしますよ?」
そう言ってフロントに視線を促した。
成程、広げていたのはこの男…モコクの商売品だったわけだ。
ネックレスや指輪から始まりブローチやピアスなどの装飾品が所狭しと鎮座している。
「…どう見ても女性用の装飾品に見えるが」
「あぁ、彼女向けの商品を見せていたものので…」
言われてみれば中でもリボンやバレッタなど髪に装う物が多い。
普段は帽子の中に入れているがタルトの髪が長いからだろうか、仕事の無い時は外していると聞いた覚えがある。
「最近は男も着飾る時代ですよ。あなたの場合だと…そうですね、綺麗な髪ですし髪飾りとかいかがです?」
「私は別にそう言った物に興味は…」
あまり話し込む気もなかったので適当に切り上げようとしたその時、ふとある品に目が止まった。
柳が言葉を止めてそれを見ているのに気付いたモコクはにっこりと笑って言った。
「今ならお安くしておきますよ?」
それから少しして。
「あ、柳殿!!今日は遅かったのでござるな」
柳の気配に桃季が花の世話をする手を止め振り返りながらいつものように笑いかける。
そう言ったやりとりはいつも通りだと言うのに、柳は戸惑いながら後ろ手に隠した小さな包みを確認し、歯切れ悪く応える。
「…少し…その、手間取ってな」
「そうでござるか………ん?何持ってるのでござる?」
目ざとく柳の隠した包みを見て桃季が首を傾げた。
柳は暫く不思議そうな桃季の顔と包みとの間で視線をさ迷わせる。
そして意を決し、深く息を吸うと桃季の前に自分は顔を背けながらそれを差し出した。
「…これを」
それだけ言って差し出された包みを戸惑いながら桃季は受け取る。
そして受け取ったそれをしばらく見つめ、きょとんとした顔で柳を見上げた。
「拙者に…でござるか?」
「…気に入るかどうかはわからないが」
顔を背けつつ答える柳にようやくこれがプレゼントの類だと桃季は気付く。
明らかに戸惑った様子を見せつつも好奇心には勝てないのかえっと、と口を開いた。
「…あ、開けても、よいでござる?」
駄目だという理由もないので頷く。
桃季はいそいそと包み紙を開けると感嘆の声を上げた。
「わぁ…」
中から出てきたのは髪を纏める所謂ヘアゴムだった。
桃季の服によく似た桃色のゴムに桃の花の形を模した小さい飾りがついている。
………あの時、柳はこれを見た瞬間、何故か桃季を思い出した。
思わず目を離せずにいてそして薦められるままにそれを買ってしまった。
我ながら衝動的な行動だと思う。だが買ってしまったものは仕方がない。
渡してしまえばいくらか胸が軽くなった気がする。
「…すまないな、あまりこういうものを選んだことが無くて気に入るかどうか…」
「嬉しいでござる…素敵なプレゼントでござるよ柳殿!!」
柳の心配とは裏腹にキラキラと顔を輝かせ満面の笑みで桃季が答える。
そしてハッと何かに気づいたかと思うと自分の結った髪を解きそして今受け取ったゴムで新たに結び直した。
桃季のオレンジがかった髪にそれはよく映え、まるで桃季のために誂えたようにも思える。
「似合うでござるか!?」
「あぁ…とてもよく似合う」
本心からそう言うと桃季は嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
そして自分では見えないからか手を伸ばして髪飾りがそこにあるのを確かめている。
余程嬉しいらしい、そんな行動を柳は微笑ましく思う。
「嬉しいでござるなぁ………でもどうして拙者にこのようなものを?」
「そ、それ…は…」
尤もな桃季の疑問に柳は言葉を詰まらせる。
色々とその理由は道すがらずっと考えていた。
日頃世話になっているから、だとか当たり障りのないそれらしい尤もな理由。
考えたはずなのだが…いざこんなに嬉しそうにしている本人を前にして柳は口ごもる。
………似合うと思った、と言うのも確かにそうだ…だが。
この笑顔が見たかった、喜ばせたかった、さまざまな思いが頭に過るのにどう言葉にしていいかわからない。
単純な言葉では言い表せない、それなのに込み上げてくるこの感情は一体何なのだろう。
うまく言葉に出来ないそれをそれでも言葉にしようと声を出しかけたその時だった。
「どうもー、桃季さんこんにちはー」
急な来訪者に疾しいことをしているわけでもないのに柳はびくりと振り返った。
桃季が声のした方を見てあ、と声を漏らした。
「モコク殿ではござらぬか!!お久しぶりでござる!!」
いかにも怪しげな風体のモコクに桃季が親しげに話しかける様子に柳は少し慌てた。
そう言えばこの街にはよく来る、などと言っていたと気付くのに数秒、それならば知り合いでもおかしくないと思い至るのに更にかかった。
その間に桃季は柳に投げかけていた質問をすっかり忘れモコクとの再会の喜びで頭がいっぱいになったらしい。
「お久しぶりですねぇ、おやその髪飾り…」
まずい、と柳は思った。あまり興味が無いと言いつつ買ったものの使い道があっさりとバレてしまったわけだ。
そして追い打ちをかけるように何も知らない桃季が笑って答えた。
「こちらにいる柳殿にもらったのでござる!!」
「へぇ…それはそれは」
何か言いたげにこちらをにやにやと見つめるモコクの視線から逃げるように柳は視線をそらした。
それだけでも充分柳の心情を理解したのだろう。
わざとらしい大きな声でモコクはにこりと桃季の方を向いた。
「いやぁ素敵なものを頂いたんですね、よくお似合いですよ」
「そうでござるか?嬉しいでござる!!」
何も知らず喜ぶ桃季に笑いかけつつ、ちらりと柳を見やりモコクはにっこりと笑って桃季に言った。
「よろしければお返しのプレゼント、ご用意いたしますよ」