柳が桃季に出会い幾日か経つ。
桃季に出会ったあの後、街唯一のホテルへと案内されそして去り際にあの広場に毎日通っていると言う話を聞いた。
それから柳は毎日のようにそこに足を運んだ。
どうかしている、と柳は自分でも思う。
いつまでいるかわからないからと多めに金は払っておいた…だからと言ってこんなことを続けている自分が不思議でならなかった。
理由を己に問いかけてみたところで答えは出ない。
あるのはただ桃季といると安心すると言う事実。
それをまた確かめるために今日もまた柳は向かう。

どうやら今日は桃季より早く来てしまったらしい。
手入れのやり方を知らないわけではないがあくまでここは桃季の場所だ、迂闊に手を出すのも憚られて柳は仕方なく花を眺めて待つことにした。
手入れの行き届いた花々はこれ以上手を加えるところなど無いようにも見えるがそうでもないと聞いた。
桃季はこれを維持するのが大切だと言っていた。

『いつか枯れゆくとはいえその時まで精いっぱい美しく花開くように…そのためにこうして世話をしているのでござる』

それが花のためにもなると言って桃季は笑った。
そんなことを思い出していると柳はふと背後に視線を感じた。
もしその視線の主が桃季であれば声をかけてくるはずだ。
柳が振り返る。
広場の入り口近くの壁から子供がこちらを覗いている。
薄く茶がかった髪に黄色の服、子供ながらに整った顔立ちだが今は怯えた表情でこちらを伺い見ている。
柳に見られていることに気付いた子供はさっと壁に隠れた。
好奇の視線や畏怖の視線で見られることには慣れているがここまで極端なのも珍しい。
気を取り直して花の様子でも見ようかと思うとまた視線を感じる。
今度は視線だけで後ろを見ると先程の子供がやはり先程のようにそこにいた。
それほど怖いのならば何処かへ行けばいいものを…となるとこの場所に用があるのだろうか。
この場所には花壇ぐらいしかないが、となるとあとは…。

「桃季の知り合いか?」

試しに声をかけてみるが子供はやはり壁に隠れたらしい。
振り返って見てみるとおずおずと顔を出しているところだった。
暫く待ってみたが子供が声を発する気配は無い。
痺れを切らして柳は子供の方に足を進めた。
特に他意はなく待つならばこちらに来ればいいと言ってやろうかと思っただけだった。
そう言葉を発しようとしたその時だった。

突然の殺気に柳は反射的に後ろへと飛びのいた。
そのまま歩を進めていればちょうど柳が立っていた位置に大剣とともに青年が飛び込んできた。
飛び込んできた、と言う表現が正しいかは分からないが地面にめりこんだ切っ先を見るにおそらくはそうなのだろう。
砂煙が立ち上る中、青年が立ちあがり地面から剣を抜く。
柳には見覚えの無い姿だった。いきなり切りかかられる理由は無い。
青年が気だるげに息を吐いて柳を睨みつける。

「てめぇ…」
「…何者だ貴様」

覚えは無いが降りかかる火の粉は掃うが道理。
柳は刀の柄に手をやりながら青年の言葉の続きを待つ。

「うちの可愛い弟に何しようとしてんだコラ!!」

びしりと指をつきつけて青年の放った言葉に柳は仮面の奥で眉をしかめた。

「弟…?何の話だ」
「しらばっくれんじゃねぇよ、怪しいお面被りやがって…素性隠して誘拐でもしようって魂胆だろ」

よく見てみると青年の後ろにちょこんと先程の子供がくっついていた。
袴のようなズボンを先程の壁がわりに恐る恐る顔を出している。
察するところあの子供とこの青年が兄弟なのだろう。
確かに髪の色には似た雰囲気はある。

「誘拐…その子供をか」
「ッたり前だろ!!こんな可愛い弟攫わない方がおかしい!!」

誘拐を阻止したいのか誘発したいのか…。
長く旅をしてきたせいか頭に血の上りやすい連中だとか人の話を聞かない部類の人間に会ったことも少なくない。
だがここまで極端なのは稀と言っていいだろう。

「何を勘違いしているのか知らないが私は…」
「うるせぇ!!問答無よ…」

青年の怒号はその場にそぐわない幼い声に遮られた。

「あ、とうりー」
「おぉ、来ていたでござるか」

いつも通りの手入れ道具を持った桃季がのほほんと子供に手を振った。
そして青年と柳に気づき何か言おうとするが2人の雰囲気に驚いた顔で目をぱちぱちさせた。

「…な、何をしているのでござるか?」
「おい桃季離れてろよ今こいつをぶった斬…」
「だだだ駄目でござる!!喧嘩は駄目でござるよ!!」

青年の喧騒に慌てて桃季が止めに入る。

「あぁ!?何言ってんだ、こいつはセリンを誘拐しようと」
「そ、そんなことしないでござるよ!!そうでござろう柳殿!!」

そこで話を振られても困る。
素直に言って信じるような相手とは思わないが…縋るような桃季の視線に柳は小さく息を吐いて答える。

「…私がそんなことをして何になる」
「ほら!!それに子供の前で喧嘩などよくないでござるよ!!だ、だからともかく剣を収めるでござる!!」

子供によくない、と言う桃季の言葉に青年がちらりと自分の後ろに居る子供を見る。
そして桃季と柳をの方に顔を向け仕方ないといわんばかりに溜息をついた。

「…こいつ本当に桃季の知り合いか」
「柳殿は拙者の大切な友人でござる」
「…まともな奴なんだろうな」
「もちろんでござる!!」
「チッ…」

舌打ちしながらも青年は剣を収めた。それを見て柳も刀から手を離す。
桃季はようやく安心したのか大きく息をついてそうだ、と手を叩いた。

「柳殿、このお二方は拙者の隣の部屋に住んでる兄弟でオーカー殿とセリン殿でござる。ほらセリン殿あいさつ出来るでござるか?」
「………せりん、です…」
「私は…」

名乗ろうとしたが子供…セリンは柳の声にぴゅっと飛びあがり兄の後ろに隠れた。
子供に好かれるとは思ってはいないがそれほど怖がられることをしただろうか。
長い沈黙に桃季が慌ててフォローに入る。

「あ、いやセリン殿は人見知りなのでござる。悪気はないというか…」
「つーかそんな変な恰好してりゃ普通怯えるっつーの」
「…柳だ」

仕方なく兄のオーカーの方にそう言うとオーカーはめんどくさそうに顔を背けた。
柳だけでなく桃季の視線もオーカーに集まる。柳に怯えていたセリンさえも兄をじっと見上げている。

「…にいさん」
「あー…オーカーだ」

セリンのどこか攻めるような声にオーカーは頭を掻きながら名乗った。
名乗りあったとは言えこの気まずい空気は桃季にもどうすることも出来ずもちろん柳もそれは同じだった。
どうしたものかと考えていると痺れを切らしたのかオーカーが口を開いた。

「…とりあえず今日のとこは帰るか、セリン買いもの行こうぜ?」
「うん!!」
「す、すまぬせっかく来てくれたと言うのに…」
「気にすんな、後でちゃんと事情は聞くからよ」

さり際にちらりと柳の方を見やってオーカーはセリンと連れだって広場を後にした。
手を振ってそれを見送った後桃季は改めて柳に謝った。

「…気を悪くしないでほしいでござる。オーカー殿はセリン殿を何より大事にしていて」
「見ていればわかる」
「そ、そうでござるか…折角知り合えたのだから皆で仲良くできればいいのでござるが…」

あの様子では難しそうだと思ったのか桃季がしょんぼりと肩を落とした。
もしかすると桃季が引き合わせたのかと一瞬考えるがこの男がそんな狡猾なことを思いつきはしないだろうと思いとどまる。
それよりも柳の頭は他の事が気になっていた。
オーカーに問われ、桃季は柳のことを『大切な』友達と…言わなかっただろうか。
隣に住むと言うのならば出会って日の浅い柳よりも余程付き合いは長いのだろう、それは態度からも窺える。
そんな者たちと柳を同等に扱おうと言うのだろうか。

「何故、そう思う?」
「何故って…大切な友同士が仲良くするのであればそれはとても嬉しいことでござるよ」
「…私が、その一人だと?」
「当然でござるよ、柳殿はもう拙者の大切な友の一人でござる」

躊躇うでもなくあっさりと桃季はそう答える。
友に差をつけるようなことはしない男なのはわかる。
自分が桃季にとって特別であるなどと思っているわけではない…だが柳にとっての桃季はどうだろうか………。

「どうかしたでござるか?」
「…桃季の友であるならば、私も努力してみよう」
「本当でござるか!?」
「あぁ」

柳がそう答えると桃季がそれこそ花が咲くような笑顔になった。
正直な話あちらにそのような意思があるとは思えなかったが柳は極力そうしようと思った。
そうすることでこの笑顔が戻るのならば容易いことだろう。
嬉しそうに笑う桃季を見ながら柳はやはり自分がこの笑顔が好きなのだと自覚する。

ならばせめてこの笑顔が続くように傍にいようと思う。

この花が咲き続けることが出来るように、傍で守り続けよう。