前島聖天は地下にある、とは言え季節の変わり目がわからないわけではない。
往壓と元閥は酒を飲みつつ、アビは背を向けて肉を炙り酒の肴を作りつつ、だがそれぞれがそれを感じていた。
「春ですねぇ」
「あぁ、いい季節だ。山菜も取れるし」
「おいおいアビ…若い者がそれでいいのか」
元閥の呟きに思うまま答えたつもりだったが、それを往壓にからかうように指摘されてアビはさっと顔を朱を走らせた。
そんなこと言われても山の民としての暮らしが長いこともあり俗物には疎いのだ。
だが何を言い返せるでもないアビを見て元閥はふと思いつく。
「親睦を深めるために花見なんてどうですか?」
「花見?」
「あぁ、いいなそれ」
振り向いて首を傾げるアビを尻目に往壓は嬉しそうに顔を輝かせた。
往壓がそんなに喜ぶものがなんなのか分からないアビのために元閥が口を開く。
「酒と食い物持って桜の木の下で皆でどんちゃん騒ぎをするんですよ。
春にしか出来ない、まぁ吉原で遊ぶのとはまた違った江戸流の暇潰しですよ」
なるほど、それは確かに往壓さんと元閥が喜びそうなことだとアビは思う。
そして続けて思う。酒と食い物、そんなもの何処から調達するのかと。
酒と食い物が天から降ってくるわけでもなし、前島聖天にならば無いわけではないが…わざわざ売っているものだとしてもそれを買う給金だってろくに貰っちゃいないのだ。
だとしたら飯は作るしかないわけで、酒だって誰かが運ぶわけで。
嫌な予感にアビは引き攣った笑いを見せる。
「もしかして飯を作るのも酒をそこまで運ぶのも…俺、なのか?」
「おや、嫌だってんなら竜導さんをお使います?」
「は?何で俺…」
急にふられて嫌そうに声を上げる往壓に元閥はにこりと笑みを浮かべた後アビに向き合う。
「とは言え見た目は若いですがこの人もかなりの歳だ。酒樽なんて持たせた日にゃ…」
そこまで言ってもう一度視線を往壓に。
なるほどそういうことか、と往壓は即座に理解した。
「この歳で腰なんか痛めちまったら大変なんだがな。まぁアビが嫌ってんなら仕方ねぇなぁ」
しみじみと、だが責めるように。
こんな言われ方をしてアビが引き下がれるはずも無い。
「あぁもう…わかりましたよ!俺がやればいいんだろ!」
勢いでそう宣言し再び背を向けたアビに元閥と往壓はにやりとほくそ笑む。
この二人に組まれると勝ち目がないな、とアビはこっそり思った。
「あと花見って言やぁ…なんか芸とか歌とかすんだろ?」
「それなら宰蔵がいるでしょう。お頭もせがめば何かしらしてくれそうだ」
「そりゃいいがあの人にやらせちゃ場が白けるだろ」
「いきなり『桜』と言う字には、なんて語りだしたりして」
二人でそりゃもう楽しそうに話す姿にアビため息をつきつつ、その想像に容易い花見の席での皆の姿と言うのは思ったより心地良さそうだった。
まぁ少しぐらいの手間なら俺が引き受けるか、と思いながら肉を炙る。
「そうそう、歌ならアビがいますしいい花見になりそうですね」
元閥の言葉にアビがバッと振り返った。
にやにやと笑いながら元閥はアビの反応を楽しんでいる。
アビが酔った拍子によく歌う唄を、知っているのは元閥だけだ。
当然往壓は意外そうな顔をしている。
「何だアビ歌なんて出来るのか?」
「いやこれがかなりのものでね、きっと気に入りますよ」
「へー、そりゃ楽しみだな」
他意のない往壓の笑みを見てアビは頭を抱えたくなった。
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春ですね、アビ往…ではなくアビいじめ編。
年上二人にいじられまくるアビが大好きなのです。