年が明けたら奇士でひとつ食事の席を開く。
新年を祝うと共に親睦を深める意味合いもあるので参加するように。
そう告げた放三郎が他の席に呼ばれて欠席とは皮肉なものだとアビは思った。
それでもその心遣いを無にするのは心苦しく残ったもので簡単な酒会が開かれることになった。
とは言えあるのは妖夷の肉に簡単なお節、あとは酒とは随分と花がない話だ。
そんなことを考えながら奥の厨房で雑煮を温めていると後ろから声をかけられた。
「よぉアビ、あけましておめでとう」
「往壓さん…お、おめでとうございます」
住まいも遠い故に遅れて来ると言っていたがわざわざ厨房に顔を出すとは思わなかった。
てっきり元閥と共に雑煮が来るまで酒で時間を潰すのかと思い込んでいた分驚きも大きかった。
「もうすぐ準備も終わりますから座ってていいですよ」
「いや、ちょっと分けてもらいたいものがあってさ。これもらうぞ」
そう言って人参をひとつ手に取り懐にしまった。
「構いませんがそんなもの何に使…」
言いながらすぐに思い至り言葉を止めた。
この人がそれを必要とする理由なんて一つしかない。
わざわざ自分にだけ新年の挨拶をしにきてくれた…というわけではないとは思ったが…まさかこんな反撃がこようとは。
あげくもう用が済んだと言わんばかりに姿を消されれば落ち込む以外何が出来る。
考えないように考えないようにと自分に言い聞かせている間に雑煮が温まりきってしまった。
顔をあわせるのが心苦しいと思いながらも温めすぎた雑煮を運びアビも酒会に加わる。
想像通りと言うべきか往壓は元閥と酒を飲み交わしていた。
それを見ながらそれでも気持ちは晴れないもののうまいうまいと皆に食ってもらえているだけでも幸いかと思うように心がけた。
しばらくして、酒もそこそこに往壓が立ち上がった。
「さて、と…そろそろ行こうかな」
「往壓さん何処へ…?」
「まぁ気にするな」
はぐらかされている…とまた落ち込みそうになった所に他の声が上がる。
「そういうわけにもいかんだろう。折角お頭が設けた席だと言うのに」
「せめて何の用事かくらい言ってもらわないとね」
宰蔵と元閥に続けて言われ往壓はどうしたものかと頭を掻いている。
そして少し考えた後ぽつりと呟く。
「あえて言うなら…ひめ始め、かな」
一瞬、時が止まった…気がした。
言ったからもういいだろ、とそそくさと往壓が退場してから3人の時が動きだした。
「なかなかやるねぇ…しかも公言するのを厭わないときたもんだ」
「け、けがらわしいっそんなこと公言しなくともいいだろうがっ」
「まぁ正月くらいは大目に見てやりましょう。なぁアビ…アビ?おーいアビどうした?」
元閥の呼びかけに答えられる余裕はなかった。
行き先を知っている分その思考が暴走してしまう。
つまりは、その相手が誰かもわかってしまったわけで、
更には先ほど渡した物だってただの食料とした意味ではないのではないかと、考えなくてもいい余計なことまで考えてしまう。
駄目だ、考えたくないと酒に手を伸ばすと心得たとばかりに元閥が酒を注いだ。
おかげで色んなことを考えずに済んだようだがアビは新年早々に二日酔いを味わうことになるのだった。
アビが自棄酒に手を伸ばしている一方、往壓は目当ての場所に着いていた。
中は冷えるなと思いながら声をかける。
「おや往壓さん、今日は奇士の人らで飲むんじゃなかったんですか?」
「一応食うだけ食ってきたから顔出しはもういいだろ」
「またそうやって…人との係わり合いは大事ですよ?」
「そう言うなよ、ほらこれ貰ってきたから」
そう言って貰った人参を差し出すと雲七は仕方のない人だとそれを口に運んだ。
美味そうに食べる姿を見てアビが仕入れただけあっていい野菜なのかと往壓は思った。
そういえば礼を言い忘れたなと思う頃には雲七も食べ終わり、話を続けるためにこちらを見ている。
「それで、これを渡すためにわさわざ?」
「いや…お前にまだ新年の挨拶してなかったの思い出してさ」
「それこそ後からでもいいでしょうに。そんなもの年さえ明けりゃいつだっていいもんでしょう」
飽きれたように言われるのは心外だった。
言おうかどうしようか、と悩んだのは少しの間。
下手な言い訳は通じないなと結論をつけて口を開く。
「お前が一人で正月を過ごしてる時に…俺だけ皆に囲まれるのはどうかと思って…さ」
言ってみればおかしな動悸だと往壓は思った。
だが雲七が何も言わず嬉しそうに笑ったのを見ると来てよかったと素直に思った。
「そうそう、何処行くのかって聞かれたからひめ始めって言ってやったぜ」
「それは人が悪いでしょう…誤解されますよ」
「お前が教えてくれたんだろうが、姫始めの由来の一つに乗馬初めの『飛馬(ひめ)始め』があるって」
「あの頃は私が馬になるなんて知りませんでしたからねぇ」
「あん時のあいつらの顔と来たら…見せてやりたかったぜ」
特にアビの顔と来たら、と思い出しただけで笑えてくるようで往壓はくすくすと笑い出した。
まったく自分の残酷さも知らずに罪作りな人だと雲七はため息をつきながらも往壓の笑顔を見つめる。
「…別に一般的な意味の方でも私は結構なんですけどねぇ」
「ん?何か言ったか?」
「いえいえ、それより往壓さん…今年もよろしく頼みますね」
「あぁ、そうだな」
往壓は笑うのを止めて雲七に向き直る。
「今年も、よろしくな」
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相変わらずなアビ→往壓と雲七×往壓でした。
いやもう新年早々ごめんよアビ。
ちなみに姫始めの由来ですが
飛馬始め(乗馬初めの日)の他に
火水始め(火や水を初めて使う日)って説もあるそうです(wiki調べ)