その日前島聖天に奇士一同集まるようにと言われ集まってみれば何か変わったことはないかとのいわば定期報告の場だった。
多少拍子抜けしながら聞いた噂話などの報告も終えわれば各自解散、となるのも早い。
事件がないからといって放置しておくのも怪しい身分のものばかりだから上から何か言われでもしたのだろう、と後で往壓さんが呟いた。
なるほどと納得をする間もなく用が終わったならばとすぐさま去るその背中をぼんやりと見つめていると着替えの終えた元閥が中から出てきた。
「竜導は?」
「今出たところだ」
「まぁ今日は大した用事でもなかったようだしね。
折角着替えて待った身としては些か面白くはないが」
確かにあの着替えをいちいちするのは面倒そうだ。
何か起こってから着替えるのでは遅いこともあるだろうしと気を利かせたのが裏目に出たのだろう。
元閥はそこそこ不愉快そうに煙をふかしながら往壓さんが去った方を眺めている。
「しかしまたあの馬のところか。まったく…そんなに愛しいか」
「…知っていたのか?」
異人の娘…アトルの馬、雪輪。
その馬の中にあの人…往壓さんの友がいるのだと、そう告げられたのは最近のことだった。
もちろんそれは通常では考えられないことであり、だからこそ誰もいなくなったときにこっそりと。
元閥にもそうしたかはわからない、だがそもそも往壓さんがそんな形で再会した時に元閥はすぐ近くにいたのだから知っていてもおかしいことはない。
だがその友があの人の想い人であることは…知らぬはずだ。
驚く俺に元閥は意地の悪い笑みを浮かべている。
「生憎察しはいい方なんでね。それにあの態度を見てれば嫌でもそう思う」
そうだろうか、と思わず呟けばアビじゃわからんよと笑われた。
確かにそうなのかもしれないが…こうからかわれるのはあまりいい気分ではない。
そんなことを思っていると元閥がふと笑うのを止めて煙草をふかした。
「しかし…馬相手ではすることも出来まい」
どういう意味だと言おうとしてそれが下世話な想像だと直ぐに気づき咎めようとして視線がかち合った。
微笑を浮かべながら見つめる視線は全てを知っていると告げていて、一瞬怯んだ。
どこまで、と聞けばきっと答えただろう。往壓さんとその友の関係だけでなく、俺とのこともだと。
にやりと先ほどとまったく違う妖しげな微笑を浮かべて元閥が問う。
「同情で抱いてやってるのかい?」
「違う」
愛する者と肌を重ねることも適わずだがただひたすらにそれを求め続ける、確かにそれは他人から見たら憐れだと同情を誘うことなのかもしれない。
だが俺にあるのは同情ではなかった。
始めに俺と往壓さんがそうなったのはもののはずみでそれから先はもうないものだと思っていた。
それが誘われる形で何度も肌を重ねるようになった。もしかしたら求められているのかと期待もした。
実際は違う。ただの代わりだと気づいたのは些細な気付きからだった。
ふと見せる何かを思い返している寂しげな顔。
それはほんの一瞬で掻き消えたが俺の中に確信を作るには充分すぎた。
俺に抱かれながらあの人は胸の中にある友の影を追っている。
それを知ったとき胸中に生まれたのはあぁやっぱりと言う諦めに似た…だが安心だった。
普通の男なら侮辱にしか思わないのかもしれない。
だが俺はそれは仕方のないことだと思った。この人は忘れられるような人じゃない。だからこそ惹かれた。
それに例え忘れたとしても俺を求めるはずもないと…どこかで理解っていた。
それからも俺は誘いを断れなかった。
きっと俺が拒めばあの人は退いた。それを認めたくなかった。
気紛れではなく確かな意思で求められてると錯覚したかった。
ただ俺の中にあったのはあの人の腕を放したくないという思いだけ。
同情でもなく、そして嫉妬でもない。
求められたかった、それが他人から見ればどんな惨めな形でもあの人に。
「そう言うと思ったよ、アビは優しいから」
「だから違うと…」
否定したのに勝手な解釈を続ける元閥に声を荒げそうになったその時、不意に唇を塞がれた。
唇を塞ぐものが元閥のそれとすぐわかったが俺は動けなかった。元閥の腕が首へと絡んでくる。
以前から元閥が戯れに俺に手を出すことはよくあった。しかし何故それを今?
触れただけのそれをただ受け止めるだけ俺から離れ、だが腕は絡めたまま至近距離でにこりと笑う。
「アビは、優しいからね」
「元閥…」
「その優しさ、好ましく思うが時には罪にもなる。
こんなナリの男を変な気にさせてしまうぐらいにはな」
「そういう言い方をするな。俺は…」
元閥との事も、俺は否定しきれない。
俺自身の心情としては友として、仲間として信頼している。
だから拒まないと言えばそれはきっと優しさではなくやはり罪なのだろうか。
あの人のことも、本当は制さなければいけなかったのだろうか。
俺は、あの人を追いつめているだけなのか。そんな不安が過ぎる。。
「ふふ、そう気にするな。冗談だ。
アビのそれに救われている者がいる、それで充分だろ?」
押し黙った俺を軽く小突きながら元閥が言う。
救われている者が誰かは元閥は言わなかった。
元閥なのかもしれない、往壓さんなのかもしれない。
その両方であればいいのにと俺は思う。
自分が誰かを救うことなんて到底出来ないとはわかってはいるが、そうであればいい、と漠然と思った。
「だからそう悩むな、私はただあの男が羨ましいだけさ」
「羨ましい?」
「そりゃそうだろう?自分のものだと思っていた玩具をこうも簡単に取られたら面白くない」
「…俺は玩具か」
「似たようなものさ」
ため息混じりに問う言葉に元閥が笑い返す。
あぁもしかしてまたからかわれたのだろうか。
戯れに肌に触れられたときも面白そうだったから、と確か言っていた。
なるほど玩具か、あながち間違いでもなさそうだ。
それにどこかほっとする自分に驚きながら俺は幾分遅く元閥笑みを返した。
例えそれが真っ当な関係でなくとも、求められることに俺は拒めない。
それが罪なのか、いずれ救いとなるのか…もし、もし救いになるのならば。
俺はただ自分を求めてくれた人に、そんな形で報いたい。