冬が寒いのは自然の摂理とはいえだからと言って寒さに耐えるのは容易ではない。
この世というのは生き難いものだと雲七は思った。
往壓の住まいで二人酒を飲み交わしながら暖を取るがそれでも寒さという物は消えない。
はぁ、と吐いた白い息が消えていくのを見て往壓がぽつりと呟いた。

「寒いな」
「どうかしましたか?」
「いや…ちょっと、な」

そう言って外を見る往壓の姿に雲七は微かにため息をつく。
外ではなくどこか遠くを見るような視線はここではないどこかを見ていることが明白で。
吐いた息か、それともこの寒さかはわからないがとにかく往壓が何かからあの世界を連想したことぐらいわからない仲ではない。

「また、異界のことでも?」

そう聞くと眉根を寄せ、逃げるように往壓は小さな出窓から目を反らし酒を飲もうとするがその手を止めた。
旨くないんだ、といつか往壓から教えられたことを思い出す。
暖も取れぬならば飲んでも仕方がないのではないか、と恐らくそんなことを考えているのだろう。
しかしあの話題に触れられるのが嫌なくせにそれを連想させることばかりするのは悪い癖だと雲七は思う。
ふと雲七が止めた手を見ているのに気がついてばつが悪かったのか小さな杯を置いた。

「…寒いな」

誤魔化すように呟いて息を吐きながら手をこすり合わせる姿は子供のようで、どこか微笑ましくも感じる雲七とは逆に往壓の顔は優れない。
きっと自身を誤魔化しきれずに異界のことを考えてしまっているのだと容易に想像が出来、本当に悪い癖だと再度思った。
しかし往壓が遠い世界のことを考える時の顔はその世界に焦がれているように雲七には見える。
ならばふとした時に異界を思い出すのはどこかでそれを求めているからではないのか。
そのことを言ったらこのお人はきっと…と、そこまで思い立って考えるのを止めた。
そんなことがしたいわけではないと考えを振り払い、代わりに往壓のその冷たい手を両の手で包み込んだ。

「雲七…?」
「こうすると、暖かいでしょう?」

驚いて顔を上げる往壓にそう言って手を擦ると仄かに温かみが増す。
往壓の手の暖かさを雲七が感じるのならば逆も然り、雲七の手の暖かさも伝わっているはずだ。
ほらアナタはこちらにいるんですよ、と笑いかけると往壓は恥ずかしさからか顔を赤くして目を反らした。

「寒いのがお嫌ならいつでもこうして暖めてあげますよ」
「く、雲七…もういい歳の男二人でこんなことするのは正直どうかと」
「暖かいですか?」

言葉を遮り再度聞くと往壓は目を閉じてそのぬくもりに浸り、安堵したのか優しく笑った。

「…ああ、暖かい」

昔、若かったあの頃の無理矢理な笑顔とは違う自然な笑み。
きっとこの人はこんな安らぎが欲しかったのだとどこかで理解っている。
そしてそれは自分では与えることが出来ないことも。
だがこうして笑うこの人が雲七は何より好きだった。
だから、この人が少しの間でも安らぐ時を得られるのであれば

「それはよかった」

側にいてあげますよ、往壓さん―――。
声にせず呟いた言葉は白い息のように寒空へと消えていく。
叶わぬ誓いと想いも、きっといつか同じように。

「さ、飲みましょう」
「そうだな」

お互いに酌をし、飲みあう。
今はこれでいいんだと遠い別れの予感を振り払いながら。


あぁ、本当に寒い